2005年夏の追記
これまで、私は『女の子たち風船爆弾をつくる』を書くにあたり、その大きなきっかけのうちのひとつとして、かつて東京宝塚劇場で風船爆弾づくりに直接関わり、その後、ご自身の手で記録を書き記した方にお会いしたときに私が聞いた、「どうしてわたしは知らされていなかったんだろう。」「秘密にされていたことへの抵抗。」という言葉についてお話してきました。(毎日出版文化賞受賞スピーチでもお話しています)
それについて、当時小学校だった方から、その方自身でも知っていることであり、当事者たちが自分たちの作業についてまったく無知であったとは考えられない、というご意見、ご批判をいただきました。
まずは、このような当時の東京を知る方の貴重な証言をいただけましたこと、感謝と御礼を申し上げます。また当時や当事者を知る方々からのご意見についてはそれ以外も含めた詳細を、きちんと追記として記録できるよう考えていますので、どうか今後ともみなさまにも声や言葉をお寄せいただけましたら嬉しく思います。また私の説明不足のために、同じように考え捉えられる方も多いかもしれないと、こちらに詳細を記させていただきたく思います。
「知らされていなかった」「秘密にされていた」という言葉について、風船爆弾づくりをおこなった女学生が、彼女が、まったく無知だったとは、私自身も考えていません。
麹町高等女学校の生徒だったTは1945年1月27日の有楽町・銀座空襲で燃え上がる有楽座からおおぜいの人たちが、巨大なものを引きずり出しているのを目撃しており下記のような証言をしています。
「秘密兵器もへったくれもないね。」
「あんなふうになっちゃっちゃねー。」
秘密兵器みんなおもてに出しちゃってばかみたいって。
(「ひとりの少女 あたしはT」文學界2025年7月号掲載)
東京ではなく愛媛県立川之江高等女学校ではあるが、下記のような証言もあるので、場合によってはその戦果(誤報による不正確な情報ではあるものの)まで知っていた場合もある、と考えています。
愛媛県立川之江高等女学校1945年2月18日日記より
今日は嬉しいニュース,工場長さんが気球爆弾のことについて新聞記事を読んで下 さった。アメリカの山林地帯が大火事で,死傷者五百名,その他次々と損害を与え, かなり成果があがったという記事だった。しかし,米本土を脅かした兵器が日本製ら しい,という事が知れたことも事実であった。
敵はどんな手で報復を迫ってくるかもしれない。一喜一憂しながらも,今日の残業は勇気凛々,手先の感覚がわからなくなるまで頑張った。
(「第6回企画展「NOBORITO 1945 ―登戸研究所 70年前の真実―」記録展示 第一期:8月15日までの登戸研究所風船爆弾作戦の遂行と終結」 塚本百合子 明治大学平和教育登戸研究所資料館特別嘱託学芸員より)
ただ同時に、
「宝塚の風船爆弾は日本の秘密兵器だから絶対もらしてはいけないと指導されていた。家族にも言うなと言われており、親に聞かれて困った。」
(麹町学園所蔵2000年9月16日(土)聞き取り調査)
という証言もあったため、各家庭でも話題にできたかどうかについては、個人差があると私は考えています。
とはいえ、このようなことをもちまして、私自身も、女学生たちが自分たちの作業についてまったく無知だった、とは考えていません。現場で訓示もありましたし、何らかの兵器であることは、知っていた、理解していた、と私は考えています。
彼女の発言は、その認識の上での、「知らされていなかった」「秘密にされていた」という言葉であったと、私は考えています。
彼女が自らのその手でつくったその秘密兵器が、実際に誰のどのような計画のもと、どのような規模で実行され、いったいどんな結果をもたらしたのか、その詳細について。
たとえば、そこに生物兵器が搭載される可能性があったこと。それが実際にアメリカ本土で6人の死者を出していること。その犠牲者というのが、キリスト教の日曜学校の生徒だった子どもと牧師を夫にもつ妊婦であったこと。
戦後四十年の後にも、責任があるはずの当時大人であった誰からも、それを「知らされていなかった」「秘密にされていた」。
そこに対する、「抵抗」である、ということだと私は受け取りました。
私の言葉が足りなかったために、その言葉が正確に伝わらなかったことをお詫び申し上げ、ここに補足させていただきます。
また、『女の子たち風船爆弾をつくる』に引用させていただいた全ての発言や引用については、その引用方法や部分も含め、全責任は、それを聞き書き記した作者である私にあります。できるかぎり、間違いがないよう努めましたが、そこに間違いや齟齬があった場合も、証言者ではなく、筆者である私の責任であり、追ってきちんと修正や補足を行ってゆきたいと考えています。
書籍刊行後も新たな証言をいただけておりますこと、重ねて感謝と御礼申し上げます。貴重な証言について、お話を寄せてくださったおひとりおひとり、その当事者やご家族、当事者を知る方々を第一に、ご負担がかからないよう、力を尽くしたく思っております。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。
2025年夏 小林エリカ

「女の子たち風船爆弾をつくる The Paper Balloon Bomb Follies」
小林エリカ
第78回毎日出版文化賞受賞(文学・芸術部門)
(第46回野間文芸新人賞ノミネート、第38回三島由紀夫賞ノミネート)
Won the 78th Mainichi Publishing Culture Award for Girls, Making Paper Balloon Bombs published by Bungei Shunju,2024
Nominated for the 46th Noma Literary New Face Prize,Nominated for the 38th Mishima Yukio Prize)
May 15, 2024
Language : Japanese 400 pages
ISBN-13 : 978-4163918358
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918358
